障害のある方がどのように生活をしているのか、生活の中でどのような工夫をしているのか、疑問を持ったことがあるかもしれません。そこで「日常生活」をテーマに、ユニバーサルマナー検定の講師に質問をぶつけてみました。
今回は聴覚障害のある講師・薄葉に、働き方の話を聞きます!
※第1回記事【聴覚障害者のライフハック】チャイムやアラームにどうやって気づくの?
※第2回記事【聴覚障害者のライフハック】火災報知器にはどうやって気づくの?
※第3回記事【聴覚障害者のライフハック】 外出を楽しむための工夫とは?
目次
・講師の仕事って?
・聴覚障害者はマスクをすると会話が困難に!?
・透明マスクを曇らせない裏技
・“話す”で起こる困りごと
・人工内耳を使っていても必要な情報保障
・オンラインでは講義も楽々?
・テクノロジーを有効活用するためには
・最後に
話す人・聞く人
話す人
株式会社ミライロ ビジネスソリューション部 ユニバーサルマナーチーム 講師
薄葉ゆきえ
…聴覚障害のある講師として「外見からは見えにくい障害」に対する理解推進を目指し、全国の企業・自治体・学校などで講演を行う。
聞く人
株式会社ミライロ 経営企画部 広報担当
神保さほり
講師の仕事って?
前回は、外出時の様子をインタビューさせていただきました。今回はお仕事のエピソードをお聞きします。
はい、今回もよろしくお願いします。
早速ですが質問です。薄葉さんは講師のお仕事をされていますが、外勤が多いのでしょうか?
そうですね。コロナ禍前は、企業や自治体、教育機関へ伺って講義する外勤が多かったのですが、コロナ禍が始まってからは、オンラインでの講義が増えました。オンライン講義の時はオフィスではなく、自宅で講義を行っています。最近は外出規制が緩和されているのでまた外勤が増えて、外勤と内勤半々くらいの割合になったかな。遠方への出張も多いです。
なるほど。それではまず外勤時のお話から伺います。外勤時は1人で講義先へ行くのでしょうか?
はい。基本的には1人です。案件によっては、運営を担当するディレクターと一緒に行くこともあります。例えば、講義だけではなく実技研修も実施する場合であるとか、講義の前後にディレクターがお客さまと打ち合わせを行う場合にはディレクターが同行することもあります。手話通訳者に同行してもらうこともあります。
聴覚障害者はマスクをすると会話が困難に!?
そうなのですね。薄葉さんは手話を習得されていますから、手話通訳者とは手話でコミュニケーションが取れると思いますが、ディレクターが同行した時は、どのようにされていますか?
今は人工内耳を装着しているのでマスク越しでも会話できるようになりましたが、以前はマスク着用時には会話ができず困ることが多かったです。状況によってディレクターにマスクを外してもらったり、スマートフォンに文字を打って筆談してもらったりと、臨機応変にコミュニケーションを行う感じでした。
なるほど。現場では企業のお客さまともコミュニケーションを取らなくてはいけないと思うので、いろいろと工夫をされているのだろうと思います。薄葉さんが人工内耳の手術を決断されたのは、コロナ禍でコミュニケーションが取りにくくなったことが理由の1つなんでしょうか?
はい。まさにそうなんです。コロナ禍でマスク着用が推奨されて困っている聴覚障害のある方は多いと思いますよ。私は話し手の口元を読む技術を習得しているので、コロナ禍前は相手の口を読んで何とか会話ができていたのですが、コロナ禍になってからはお手上げ状態でした。
聴覚障害のある方は口を揃えてマスク着用が困るとおっしゃっていますよね。本当に大変だと思います。この点の解決策はあるのでしょうか?
透明マスクを曇らせない裏技
はい。コロナ禍が始まってしばらくしてから、口元が見えやすい透明のマスクが普及しました。そうしたマスクを着用していただければ、聴覚障害のある方も助かると思います。ただ、感染予防の効果を最大限に高めるためには、マスクと口元が隙間なく密封されている必要があります。そうすると、話しているうちに段々とマスクの透明フィルムの部分が呼気で曇ってくるのですよ……。
わかります。フィルムの部分が曇ってしまって、透明マスクが透明でなくなってきてしまうという現象ですね(笑)。
はい(笑)。メーカーによってはフィルム部分に曇り止め加工を施してくれているのですが、それでも全く曇らないわけではありません。
そうですよね。どうしたらいいんでしょう?
実は、曇り止め加工をより強力にする、とっておきの裏技があります!スキューバダイビングの時に装着するゴーグルってわかりますか?あのゴーグルも潜水中に体温で曇ってくるので、曇り止めの薬剤をゴーグルの内側に塗るんです。その薬剤を透明マスクのフィルターの部分に塗っておくと、曇り止めがかなり強力になります。聴覚障害のある友人が教えてくれました。
そんな裏技が!今後、試してみますね。
はい、ぜひ試してみてください!
“話す”で起こる困りごと
講師の仕事に話を戻しますね。講義の際に困ることはありますか?
実は、以前は講義の際に話すこと自体が困りごとでした。
と言いますと?
以前は全く聞こえない状態で話して講義を行っていました。そうすると、自分の声が聞こえないので、話す際に工夫が必要になるんです。
言われてみればそうですね!薄葉さんが話すことに慣れ過ぎてしまって、自分の声も聞こえていない状態だったことを忘れてしまっていました!(笑)
そうなんですよ。聴覚障害のある方の中には、発話が苦手な方もいれば、私のように元々は聞こえていて発話でコミュニケーションを行う人もいます。話していると聞こえないことを忘れられてしまうという困りごともあります。
そうですよね。相手が聞こえない方というのを聞こえる側がうっかり忘れてしまって、そのままどんどん話が進んでしまうようなことが起こりますよね……。
はい、もう日常茶飯事ですよ(笑)。仕方ないと頭では理解しつつ、それでも困りごとは頻繁に起こります。
全く聞こえなかった時は、話すときにどのような工夫をされていましたか?
私の場合、話している内容を文章で頭に浮かべるようにしていました。そうすると、言い間違えをしてしまった場合に気付きやすくなるので、すぐに訂正できます。
へえー!そのような工夫をされていたのですね!聞こえない状態で何時間も話し続けるだけでも大変なのに、話しながら頭の中で常に自分が話している内容をチェックするのは、疲れませんでしたか?
そうですね。私はその方法に慣れているので大丈夫ですが、慣れていない人が同じことをやろうとすると、すごく疲れるだろうと思います。
人工内耳を使っていても必要な情報保障
その他の困りごとはいかがでしょうか?
検定の中で受講者と質疑応答を行うパートがあるのですが、その際の受講者とのやり取りにも工夫が必要です。
質疑応答の時はどのように対応されていますか?
手話通訳者が同行していれば、手話通訳者に受講者の発表内容を通訳してもらって対応していました。手話通訳者がいない場合には、スマートフォンで音声を文字化するアプリを起動して、受講者にはっきりと話していただき、発表内容を文字で確認しながら対応しています。これは、人工内耳を装着している今も同じです。聞こえていますが、聞き洩らしがあってはいけないので。
たしかにそうですね。今は聞き取りにくい難聴者と同じ状態とのことですから、聞き間違えや聞き洩らしはどうしても起きてしまいそうですね。
はい。毎回、その時その場で最適解を常に考えて臨機応変に対応するようにしています。
オンラインでは講義も楽々?
なるほど。ちなみに、オンライン講義の際には、受講者とどのようにコミュニケーションを取っていますか?
オンライン検定の場合はzoomやteamsなどのweb会議システムを使うので、受講者との質疑応答はチャットを使っています。なので、オンライン検定の時のほうが困りごとは少ないですね。
そうなんですね。オンライン検定時のディレクターとのやり取りもチャットですか?
チャットも使いますが、ディレクターとは、音声を文字化するアプリも併用しています。
なるほど。薄葉さんは検定だけでなくオンライン会議の時も、音声を文字化するするアプリを使っていますよね?
はい。web会議システム自体にも字幕表示機能が付いていますが、まだ日本語対応していないことがあり使いづらいこともあるで、音声を文字化するアプリを使うことが多いですね。アプリがない時代は、聴覚障害のある方は働きにくかったと思いますよ。本当に助かっています。
テクノロジーを有効活用するためには
自宅編でも外出編でも、機械や技術の進歩に本当に助かっているとおっしゃっていましたよね。それは聴覚障害のある方だけでなく、他の障害のある方も同じなのかなって思います。
はい。同僚の視覚障害のある講師も同じことを言っています。本当に良い時代になりました。今後も機械や技術の革新が進むといいなと思います。ただ、そうした機械や技術を使いこなすのは結局人間なので、障害の有無にかかわらず、使う側の“活用しよう”という意識や使用するための一定の知識やスキルは必要になります。
そうですね。お互いに協力し合って、機械や技術を使いこなし、環境の調整を行う必要がありますよね。
本当にそうですね。そうした意識のあり方もユニバーサルマナーの基本だと思います。それと、忘れてはいけないのは、例えば高齢者やお子さんなど、機械や技術を使いこなすのが難しかったり、苦手だったりする方は一定数存在するので、そうした方への人的なサポートも同時に考えていかなくてはいけません。
そうですね。あらゆる立場の人のことを考え、向き合っていければと思います。薄葉さん、今日もいろいろなお話を伺えて、大変参考になりました。ありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました!
最後に
今回は聴覚障害のある薄葉の、仕事における困りごとや工夫をご紹介しました。
実際に話を聞いてみないとわからなかったようなたくさんの工夫がありましたね。特に最近は技術が進歩し、さまざまな機械によって聴覚障害のある方の生活がより便利になっていると感じました。
ただ一方で「機械や技術を使いこなすのは人間であり、機械や技術が進歩したとしても、人的なサポートが必要な人のことを忘れてはいけない」という薄葉の言葉も印象的でした。
全4回にわたってお送りした、薄葉のライフハックいかがでしたか?
この記事が皆さまと聴覚障害のある方を繋ぐきっかけになれば、大変うれしく思います。