こんにちは、ユニバーサルマナー検定講師の薄葉です。講師として全国各地の企業や自治体、教育機関で研修や講演を担当しています。本記事ではユニバーサルマナー講師の日常などをお伝えしています。
はじめに
ユニバーサルマナー検定や講演で自己紹介する際にお伝えしていますが、私は元々耳が聞こえていて、幼少時から段々と聞こえにくくなり、その後完全に聴力を失うという経験をしました。
そして約10年間全く聞こえない状態で生活したあと、2022年3月に人工内耳の手術をしました。
今日は私が人工内耳を選択した理由をお伝えします。
目次
・人工内耳って?
・人工内耳を選択した5つの理由
・①身体障害者手帳を取得した当初から、人工内耳を勧められていた
人工内耳って?
人工内耳とは、音を聞くために必要な聴覚器官、蝸牛(内耳を形成する器官の一つ)の代わりをしてくれる人工臓器です。キャッチした音を人工的に電気信号に変え、その信号で直接聴神経を刺激する装置です。現在、世界で最も普及している人工臓器と言われています。
※人工内耳とは(一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会)
人工内耳を選択した5つの理由
ユニバーサルマナー検定では「障害の社会モデル」を考え方の基本としてお伝えしています。「障害の社会モデル」とは、障害は個人の心身機能の障害と社会的障壁の相互作用によって創り出されているものであり、社会的障壁を取り除くのは社会の責務であるという考え方です。
※障害の社会モデルとは(大阪府の資料から引用)
・社会モデル…「社会こそが『障害(障壁)』をつくっており、それを取り除くのは社会の責務だ」とする考え方。人間社会には身体や脳機能に損傷をもつ多様な人々がいるにもかかわらず、社会は少数者の存在やニーズを無視して成立している。学校や職場、街のつくり、慣習や制度、文化、情報など、どれをとっても健常者を基準にしたものであり、そうした社会のあり方こそが障害者に不利を強いていると考えている。
・個人モデル…障害者が困難に直面するのは「その人に障害があるから」であり、克
服するのはその人(と家族)の責任だとする考え方
社会的障壁とは「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの」※と定義されています。
聴覚障害者は耳が聞こえない、聞こえにくい……
言語障害が重複している場合には、発話ができない、できにくい……
などの特性があり、日常生活や職業生活において、音声情報の取得やコミュニケーションに関する困難を感じています。
よって、聴覚障害者の主な社会的障壁は、情報やコミュニュケーションにおいて発生します。この社会的障壁を解消することもユニバーサルマナー検定の目的の1つです。
では、情報やコミュニュケーションのバリアを解消するためにユニバーサルマナーを伝えている私がなぜ、聴力を取り戻す人工内耳という選択をしたのでしょうか。5つの理由があります。
※障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律
①身体障害者手帳を取得した当初から、人工内耳を勧められていた
私は2012年に身体障害者手帳を取得しました。今から11年前です。幼少時から難聴だったので、成人後に身体障害者手帳を取得したというと驚かれることが多いのですが、聴者の世界で揉まれながら生きてきたため、社会保障や福祉制度に疎かったという事情があります。
※身体障害者手帳とは(厚生労働省)
身体障害者福祉法に基づき、都道府県や政令指定都市・中核市などの自治体が身体に障害のある人に交付する手帳で、公的な福祉サービスを受ける際に必要となる証明書です。手帳を取得すれば(障害認定されれば)、医療費や福祉補装具の補助、税金の控除、公共料金の減免・料金の割引などの各種サービスを受けられます。
身体障害者手帳は、障害程度等級表に基づき、1級から7級までの区分があります。私は聴覚障害2級(両耳の聴力レベルがそれぞれ100デシベル以上)という等級に分類されました。
人工内耳手術の適応基準は、一般的に「成人の場合、90デシベル(dB)以上の高度難聴で、かつ補聴器装用効果が乏しいもの(日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会)」とされています。主には、聴覚障害の2〜3級の人が該当します。
そのため手帳取得時には、私は既に人工内耳の適応要件を満たしていました。また、私は言語獲得後の中途失聴者だったため、脳に言葉の記憶が残っています。音や言葉の記憶がある場合、過去の記憶と新たな音声入力と照らし合わせることができ、人工内耳を装着した際に一定の聴力回復が期待できるという利点がありました。
人工内耳の埋め込み手術は、1994年(平成6年)から健康保険が適用されています。通常、高額療養費制度や自立支援医療制度の対象となるので、2級の手帳を交付された私は、ほぼ自己負担なく手術を受けられる状況でした。
そうした背景があり、身体障害者手帳を交付された2012年から耳鼻科医や福祉関係者から人工内耳手術を勧められていました。私もいつかは人工内耳の手術を受けるだろうと考えていました。
ただ、実際に手術を受けたのは2022年です。手術を勧められてから10年間、手術を延期していた理由はいくつかあります。
まず1つ目の理由として「自分の障害を正しく理解し、障害受容に繋げたかった」ことがあります。私は聴覚障害ときちんと向き合い、生きてきませんでした。幼少時から難聴は始まっていましたが、周囲にロールモデルとなる聴覚障害者がいなかったことや、当時は障害者に対する社会の理解が進んでおらず、今以上に障害者への風当たりが強かった時代背景もあり、私は自分の障害を受容できていなかったのです。障害者手帳を取得した主な目的は、障害者雇用枠を利用した就職でした。身体障害者の場合、身体障害者手帳を所持していないと障害者雇用率にカウントされないため、障害者雇用枠を利用し企業に就職しようと思えば、身体障害者手帳の取得が必須になります。
明確な目的を持ち、身体障害者手帳を申請したとはいえ、実際に手帳を取得した後には「障害者」というレッテルを貼られたような居心地の悪い気持ちになり、抵抗感や違和感を覚えたものでした。
当時の私は「身体障害者手帳の取得に抵抗感や違和感を覚えているうちは、おそらく障害受容が中途半端なのだろう」と考えました。そのため、すぐに人工内耳手術を受けることは、せっかく進み始めた障害受容の妨げになるような気がして、まずは、障害をオープンにし、障害者として実社会での経験を積んだ後に、人工内耳の手術を受けた方が良いと考えたのです。
※あくまで個人の考えです。
そして、障害者雇用で企業2社(生命保険会社、結婚式場の運営会社)を経験したあとミライロに入社。ユニバーサルマナー検定の講師として6年ほど経験を積み、身体障害者手帳取得から10年のタイミングで2022年に人工内耳の手術を受けることになりました。その間、障害をオープンにして働き、さまざまな経験をしました。決して良い思い出だけではありませんが、こうした経験すべてが障害受容に繋がったと考えています。
前編はここまでです。
■中編はこちら
・②コロナ禍になり、コミュニケーション上での困難が増えた
・③家族に安心感を与えるため
・④職場での情報格差
・⑤講師としての発話の改善