こんにちは、ユニバーサルマナー検定講師の薄葉です。
今回お届けするのは「多様性を知る対談第2弾」です。社会で活躍する障害のある方との対話を通じて、多様性をお伝えします。また、ゲストのライフストーリーを追体験しながら、ユニバーサルマナーについて一緒に考えていただければうれしく思います。
登場人物
インタビュアー:薄葉ゆきえ
…聴覚障害のある講師として「外見からは見えにくい障害」に対する理解推進を目指し、全国の企業・自治体・学校などで講演を行う。人工内耳装着者。
インタビュイー:伊藤芳浩さん
…ろう者。岐阜県出身。名古屋大学 理学部卒。電機メーカーで勤務。マーケティングを担当。NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長。コミュニケーションバリアフリーエバンジェリストとして、情報格差やコミュニュケーションのバリアを解消する活動を行っている。DPI日本会議の特別常任委員。
――前回は大学での手話との出会い、CODAとSODAの話を伺いました。
伊藤さんのお仕事について
家族の問題についてお話しいただき、ありがとうございます。それでは、話を戻しまして、お仕事についてお伺いしたいと思います。伊藤さんは名古屋大学卒業後、大手の電機メーカーに入社され、現在も同社に勤務されているとのことですが、どういった業務を担当されていますか?
現在は、デジタル手段(Web、メルマガ、オンラインセミナーなど)を活用して、製品・サービスをお客さまに紹介するデジタルマーケティングを担当しています。
伊藤さんの職場は、聴覚障害者が働きやすい環境ですか?
私が入社した時にはすでに聴覚障害のある社員が多数在籍していて、ある程度情報保障などの知見は社内に蓄積されている状況でした。先人の先輩方には感謝してもしきれません。また、コロナ禍以降はリモートワークに移行しましたので時間の融通がきき、NPO活動もしやすく、家族との時間も十分に持てていて、ワークライフバランスの面では、非常に恵まれていると思います。
それであっても、常勤のお仕事をしながらお子さん2人の子育てをし、NPOの理事として団体の運営もされているとなると、非常にお忙しいですよね。いつ寝る時間があるのかしらと心配になってしまいます。
お気遣いいただき、ありがとうございます。確かに多忙ですが、職場や家族の理解あってのことだと感謝しています。
他にも多方面でさまざまな活動をされているとお聞きしました。どういった活動をされていますか?
他にはDPI日本会議の特別常任委員の活動もしています。DPI日本会議は、すべての障害者の機会均等と権利の獲得のために活動しているNPO団体です。私はこの団体において、主に障害者の就労関係に関わっています。
就労関係の課題と取り組み
障害者の就労関係の取り組みをされているのですね。
はい。元々、聴覚障害者の就労環境やキャリアアップについて課題を感じたことがきっかけでIGBを設立した経緯もあり、障害者全体の就労関係の課題改善には特に力を入れています。
私自身が当事者ということもあり、聴覚障害者の就労の課題については非常に関心があります。具体的にはどのようなことがきっかけで、課題を感じられたのでしょうか?
きっかけは、入社から数年が経ち、私自身がキャリアアップに疑問と悩みを感じ始めたことでした。そして、周囲の聴覚障害のある仲間に聞くと、皆が同じような悩みを抱えていました。
例えば、職場でコミュニケーションがうまくいかないことによる離職率の高さや、コミュニケーションが取りにくいことから、聴覚障害者がキャリアアップ(昇進・昇格)の対象外とされてしまうことなどです。
就労する聴覚障害者の現状の課題として給与格差、昇進格差、定着率の低さが上げられます。厚生労働省の調査資料をもとに私が算出した数値になりますが、まず、聴覚障害者が1カ月にもらえる給料の平均金額は、聴者の67%しかありません。障害種別にみると、高い順から内部障害者が24.7万円、視覚障害者が23.5万円、肢体不自由者と聴覚障害者が同額で20.5万円です。
また、障害種別にみた昇進経験者の割合は、肢体不自由者が31.7%、内部障害者が30.2%、視覚障害者が25.2%、聴覚障害者が16.1%です。
聴者の社員との給与や昇進の格差だけではなく、他の障害がある社員との格差も存在するのですね。聴覚障害者の場合、昇進のための研修を受けたくても、情報保障がなくて研修に参加できないという課題も聞きます。
そうですね。障害者が研修にまったく参加できない企業も多いようです。
私が以前勤めていた企業では、研修には参加しないでよいと言われていました。聞こえないから大変でしょ?という聴覚障害者に対する配慮の体でしたが、研修に参加できないと昇給昇進などの機会を奪われてしまうように感じます。
聴覚障害者の場合、周囲の人とのコミュニケーションや業務に必要な情報の取得が困難なため、職場で孤立する傾向があり、職場に定着しにくいという課題もあります。定着の課題についてはいかがでしょうか?
聴覚障害者の転職経験率は40.6%で、障害者全体の34.1%を大きく超えています。しかも、一般就労者のようなステップアップのための転職は少なく、職場での人間関係がうまくいかないなどの理由で転職することが多いです。そのため勤続年数は短くなり、給料やキャリアアップの面で格差が生じていることが考えられます。
IGBのプロジェクトの1つに聴覚障害者の職場におけるコミュニュケーションバリアを解消するための『コミュニュケーション・バリアフリープロジェクト』がありますが、このプロジェクトはそうした経緯があって立ち上げられたのですね。
はい。ちなみに『コミュニュケーション・バリアフリープロジェクト』は、IGBで一番最初に立ち上げたプロジェクトです。
そうでしたか。聴覚障害者の就労を支援する助成金制度もありますが、そうした制度を活用しても、職場での情報やコミュニケーション格差やキャリアアップ格差を埋めることは難しいとお考えですか?
例えば、障害者納付金制度に基づく助成金の中に、手話通訳・要約筆記担当者への委託助成金があります。最近では遠隔手話通訳も助成対象に含まれましたが、委嘱1人につき、1回6千円で、年に28万8千円まで(障害者9人までの場合)と制限があります。また、この助成金制度が利用できるのは入社から10年までです。キャリアアップが佳境に差しかかるタイミングで助成金の利用期限が来てしまうのは非常に問題があると考えています。
10年という利用期限の意味をあらためて考えてみると、この助成金はあくまで聴覚障害者の初期の職場定着を目的としたもので、聴覚障害者がキャリアアップを目指すことは想定に入っていないということになりますね。
おっしゃる通りです。入社10年以降の職場での情報保障は想定されていないと思います。新しい助成金制度か、または、助成金の延長が必要になります。そうでなければ、企業が雇用する聴覚障害者の情報保障を全額負担することになり、コストを考えると、日常的な情報保障の実現が難しくなります。
これは制度におけるバリアのため、個人や企業の努力だけでは解消できません。制度のバリアを解消するためには、情報保障をコストとして考えるのではなく、生産性向上の手段として捉えるといった発想の転換が必要です。巷で話題の「心理的安全性」は、実は情報共有がしっかりなされていることが前提です。多様なメンバーそれぞれに適切な手段を活用して、情報共有を行う必要があります。こういった情報保障を行うことは、結果的にチームのパフォーマンス最大化につながります。
聴覚障害者に起こる言語獲得の壁
今後の課題ですね。聴覚障害者の定着率の低さや昇進経験の少なさを考える上で、環境面における課題は理解しました。その他の要因としては何があるとお考えでしょうか。
就労する聴覚障害者の抜本的な課題としては、言語獲得の壁があると考えています。現状では、聴覚障害者の中には職業生活を営む上で必要な言語能力を獲得できていない人が存在しています。
職場での情報やコミュニケーション保障以前の課題ですね?
はい、それ以前の課題です。聴覚障害のある本人に合った言語を使用した教育がなされていない現状があり、手話も日本語も中途半端な、いわゆるセミリンガルの状態になってしまっている人がいる、という意味です。
※セミリンガル(ダブルリミテッド)とは?(難聴児支援教材研究会)
言語は、抽象的概念の思考の元となるものです。例えばですが、薄葉さんは講師として業務を遂行する上で抽象的な思考を行うことが多いと思いますが、その際、頭の中で何語で考えていますか?
私は聞こえなくなってから手話を学びましたが、母語も第一言語も日本語なので、抽象的な概念は日本語で考えています。伊藤さんはいかがですか?
私は母語は日本語ですが、今では手話が第一言語なので、手話で考えることが多いです。抽象的な思考を行う際に、私たちは必ず何らかの言語を用いています。この言語の獲得なくしては、業務遂行のためのスキル習得は難しい事情もあると考えています。
まずは手話でも日本語でもどちらでも良いので確実に言語を身につける。その上で、業務遂行のためのスキルや職場で必要なコミュニケーション能力を身につけて行くことになると思います。
就学前に初歩的な生活言語を習得し、その言語を用いて学ぶ過程で学習言語を習得し、さらに社会経験を積む中で言語のブラッシュアップが行われるということですね?
そうです。しかし現状の課題として、自分が望む言語で教育を受ける権利『言語権』自体が現状では保障されているとは言い難いのです。言語の獲得なくしては、次のステップである社会的なコミュニケーション能力は身につきません。
まずは、就学前における言語の初期教育、そして聴覚障害がある児童の特性、本人や保護者のニーズに沿った言語で教育を受けられる環境の整備が喫緊の課題です。言語はアイデンティティにも関わる問題ですから、言語権の保障は重要です。
第3回はここまでです。
次回は「DEI推進への動き、体験したユニバーサルマナー」をお聞きします。