2026年6月13日 大阪・Blooming Camp
先日、株式会社ミライロ 代表・垣内俊哉と、作家であり当社の創業メンバーである岸田奈美さんによるトークイベントを開催しました。
岸田さんは大学在学中からミライロに加わり、10年間広報部長として在籍した後、作家として独立。ミライロ在籍期間中にユニバーサルマナー検定の起ち上げに携わりました。現在はエッセイなどの文筆活動で活躍されており、2026年6月22日からは、岸田さんの著書を原作としたドラマがNetflixで世界配信されています。
そんな岸田さんと垣内が、公の場で並んでじっくり話すのは、実はこれが初めてのことでした。今回は、ユニバーサルマナー検定が誕生した背景と、10年以上経った今も変わらない想いについてご紹介します。
※対談の内容は、読みやすさのために一部を抜粋・編集しています。
【 目次 】
・「歩けないなら死にたい」――ひとつの言葉から始まった大学選び
・結婚式場の営業先で生まれた、原点の言葉
・10年間、変わっていない3つのフレーズ
・「叱っても人は動かない。褒めないと社会は変わらない」
・「ハートは変えられる」と伝え始めてから13年
・あとがき:司会も驚いた、二人の「初めての褒め合い」
【 登壇者プロフィール 】

右:岸田奈美(作家)
大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。テレビ出演、脚本執筆など活躍の場を広げている。
左:垣内俊哉(株式会社ミライロ 代表取締役社長)
骨形成不全症のため、幼少期より車いすでの生活を送る。大学在学中に、障害を価値に変える「バリアバリュー」を理念に掲げ、株式会社ミライロを設立。
「歩けないなら死にたい」
――ひとつの言葉から始まった大学選び
岸田さんがミライロに加わったきっかけは、車いすでの生活になったお母さまとの会話にあったといいます。

お母さんが病気で歩けなくなって、車いす生活になったっていうのが一番大きくて。「本当に歩けないなら死にたい」って言われたんですよ。そのとき私が伝えたのが、「でも今はまだ死なないでほしい」と。私がなんとか、お母さんが車いすで生きててよかったって言わせるような社会にするから、もうちょっとだけ時間をちょうだい!って言ったのが、高校生の時だったんです。
福祉の学科に進学したものの、答えを見出せずにいた岸田さんは、大学に登壇していた垣内と出会います。
「バリアフリー」っていう言葉は知ってたけど、障害を価値に変える『バリアバリュー』という言葉は初めて聞いて、その時の衝撃があまりに大きくて。この二人(垣内と副社長・民野)に仲間に入れてもらえたら何か変わるはずだ、と思ったんです。
創業10日目というタイミングで加わった岸田さんは、デザイン未経験ながら独学でバリアフリーマップの制作などを担当し、地道に仕事を重ねていきます。
結婚式場の営業先で生まれた、原点の言葉
そんな日々のなかで、ユニバーサルマナー検定の核となる一言が生まれます。きっかけは、結婚式場への営業で耳にした“本音”がでした。
どこの結婚式場さんも、高齢の方とか障害のある方がご家族にいらっしゃるケースもあるから接客で安心してもらいたいんだけど、バリアフリーに改修する予算はないとおっしゃっていて。そんなとき、社長(垣内)が「ハードは変えられなくても、ハートは変えられます。段差があっても、適切に持ち上げてくれる人がいればゲストは安心できます 」と言っていて。あの時のやり取りは今でもよく覚えています。
設備投資には限界がある。それでも、人の心遣い一つで変えられることがある――。
この場面で垣内が返した言葉こそが、今もユニバーサルマナー検定の根底に流れる『ハードは変えられなくても、ハートは変えられる』というメッセージの出発点でした。
10年間、変わっていない3つのフレーズ
ユニバーサルマナー検定には、時代に合わせてカリキュラムのブラッシュアップを重ねながらも、伝え続けている3つのフレーズがあります。
「何かお手伝いできることはありますか?」
「できる、できないを聞かない」
「迷わず素直にすぐ行動」
このうちの最初の2つの言葉には、垣内自身と、岸田さんのご家族の実体験が色濃く反映されています。

私は4歳から車いすに乗っています。よく街中で大丈夫? とかって声かけられるんですよね。不安にさせたくないあまり、「できます、やれます、大丈夫です」って返しちゃうんです。でも、「何かお手伝いできることはありますか?」と、聞かれたら、障害のある方々も「これを手伝ってほしい」と答えやすくなるんじゃないかなと。そんな着想で、2013年の検定開始の時期から、この言葉を伝えていこうと決めました。

うちの母を見てると、本当に「大丈夫です」って言っちゃうんですよね。それは申し訳ないって思いもあるけど、母は結構、かわいそうって思われたくないっていう想いが強くて。「できますか、できませんか」じゃなくて、本人に心地のいい方法を選んでもらうっていうのは、母と過ごしてて一番大切だと思っていたので、この言葉を表現できたことは良かったですね。
こうして紡がれた言葉やカリキュラムは、研修という形で少しずつ企業へと広がっていきました。
また、タレントの櫻井翔さんとの出会いをきっかけに、さまざまな機会でユニバーサルマナーが取り上げられるようになり、多くの企業や自治体、教育機関など、その“共感の輪”は業種を超えて着実に根付いていき、今に至ります。
「叱っても人は動かない。
褒めないと社会は変わらない」

対談当日、弟の良太さんも来場されていました。
岸田さんは、良太さんとの経験から、「ルール」と「人を見ること」の間にあるジレンマについても語ります。
以前、良太と遊園地に行ったとき、身長制限もクリアし、他のアトラクションにも乗れていたのに、あるアトラクションだけ『知的障害があるから』という理由で断られたんです。 それは多分、知的障害者はパニックになる可能性があるから、配慮としてお止めするっていうことだと思うんですけど、それだけで判断するのは人を見てることにはならないんじゃないかな、と。
こうした悔しい経験をしたとき、岸田さんは怒りや悲しみを忘れないようにしつつ、それをそのままぶつけるのではなく、良い対応をしてくれた人に全力で『ありがとう』を伝えるようにしてきたといいます。

人は叱っても動きません。やっぱり、褒めないと社会は変わらないんだなってつくづく思います。
ミライロの企業理念である『バリアバリュー』というのはまさにそこにあります。障害を強みに、価値にするのは良くても、武器にはしてはいけないと。一旦こっちがグッと堪えることがあったとしても、どこかでこれを糧に何かを変えていこうみたいな。そうしたことを岸田さんと僕らはこれまで大切にしてきて、そのアプローチの一つが、ユニバーサルマナー検定という研修だったのかなと思いました。

「ハートは変えられる」と伝え始めてから13年

『ハードは変えられなくても、ハートは変えられる』と 伝え始めてから13年が経ちました。着実に変わってきているなと実感してます。一方で、まだまだ変えていかなければいけないなとも思っています。ぜひ皆さんにも、今日心に留められた言葉であったり、思いであったり、それをぜひ周囲の方にも一緒に広げていただいて、ユニバーサルマナーをここ大阪から、関西から日本中へ一緒に伝えていってもらえたら嬉しく思います。

私、本当にミライロで過ごした10年間、楽しかったし、やりがいもあったし、家族の幸せに直結してたので充実してたんですけど。辞めてからびっくりしたのが、「岸田さん作家なのにしっかりビジネスマナーできてるね」と言われるんです(笑)。私にとっての『バリアがバリューになる場所』は作家で見つけられたんだなっていうことを実感した時に、本当に(ミライロに)育ててもらえたなって思いましたし。あの辛かった日々も、やっとこう、胸を張れるというか。
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ユニバーサルマナーには、二人のこんな想いが込められて、創業期から今日まで受け継がれてきました。形は変わっても『ハードは変えられなくても、ハートは変えられる』という原点は変わらないまま、これからもたくさんの方に広がっていくことを願っています。
今回の対談が、読んでくださった皆さんにとっても、周りの誰かへの一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
あとがき
司会も驚いた、二人の「初めての褒め合い」
対談の終盤、会場からの「お互いの活動に嫉妬するようなところはあるか」という質問に、二人は率直な想いを語ってくれた場面がありました。実はこのやりとりに、長年二人とともに働いてきた司会も驚いていたようです。

垣内は、岸田さんが退職してから気づいたことがあるといいます。
僕は、岸田さんのこと本当に天才だなって。彼女が退職されてからより感じました。彼女がいなくなったら、まず僕のSNSの投稿が激減したんですね。それはずっと投稿用のネタを彼女が与えてくれていたからです。彼女だったら1分もかからないところを、言葉をひねり出すのに、僕は10分、30分とかかってしまって。やっぱり一緒に歩んでくれたことで、あの言葉が、あの表現が生み出されたんだなっていうのを離れてより一層感じましたね。
一方の岸田さんは、垣内のプレゼンテーションと、あるユニークな特技を挙げました。
私が社長に対してすごいなぁと思うのは、話すこと。特にプレゼン! もう人が多ければ多いほど、その話し方とか表情とか身振り手振りのキレが増していく。とにかく上手い! あと“移動の天才”ですね。本当に遅刻しない。
どなたかにお時間をいただく以上は、やっぱり待たせたらいけないっていうのがあるんで。そういったのも大切にして、結局とことん調べて、移動も遅れないように遅れないようにって、ずっと努力してきました。それを今言ってもらえるのは、すごく嬉しいですね。

司会も「二人とずっと働いてきたけれど、二人が褒め合うところを見たことがなかった」と驚くほど、素直にお互いを称え合う場面は珍しかったようです。
舞台に立ち続ける社長業と、言葉を紡ぎ続ける作家業。まったく違うフィールドで活躍する二人だからこそ見えている、お互いの姿がここにありました。
この記事に書ききれなかった「こぼれ話」は、まだまだほかにも!
二人の掛け合いそのままの空気感は、ぜひアーカイブ動画でお楽しみください。
対談動画のアーカイブ配信をご覧いただけます
今回の対談イベントの模様は、アーカイブ動画としてご視聴いただけます。当日ご参加いただけなかった方も、ぜひ二人の対談の空気感をそのまま感じてみてください。