こんにちは、ユニバーサルマナー検定講師の薄葉です。
聴覚障害のある講師として、全国各地のさまざまな企業、自治体、教育機関などで講義を担当しています。

 

目次


はじめに
人生は続く、聞こえなくなっても
障害を開示して『生きる』
物事を適切に判断するには『情報の入手』が必須
障害のある社員への合理的配慮は 『コスト』でしかない?

 

はじめに


私たちは日々『情報の伝達』や『コミュニケーション』を実践しながら生活をしていますが、情報伝達やコミュニケーションにおいて困難を感じる機会が少ない場合には「情報とは何か?」や「コミュニケーションとは何か?」それぞれの違いや意義について、立ち止まって考える機会は少ないのではないでしょうか。

今日は、生活の中で情報取得やコミュニケーションにおいて困難を感じる機会が多い、聴覚障害のある当事者である私の体験談も踏まえながら、皆さんと一緒に障害者雇用におけるコミュニケーションについて考察できればと思います。

 

人生は続く、聞こえなくなっても


私はもともと聞こえていました。小学生の頃、肺炎にかかり、危篤状態から回復した後に感音性難聴と診断されました。そして20年以上の歳月をかけて徐々に聴力が低下した後、全く耳が聞こえない状態(中途失聴)になりました。

◇感音性難聴…内耳やそれより奥の中枢の神経系に障害がある場合に起こり、音が歪んだり、響いたりする難聴

聞こえなくなると日常生活でさまざまな不便が起こります。音声情報を入手できないのはもちろん、聞こえる人とのコミュニケーションに困難を感じるようになりました。
とはいえ、人生は寿命が尽きるまで続きます。聞こえなくなっても、なんとか工夫を凝らして自活していかなければなりません。

日本では、経済的生活支援のための障害基礎年金や、障害者手帳の等級によっては補聴器を購入する際に利用できる障害者総合支援法に基づく助成などがあります。

障害基礎年金(日本年金機構)
障害者総合支援法(厚生労働省)

しかし、主体的で文化的な自立生活を送るために、就労を希望する人も多く存在します。障害者雇用促進法の後押しもあり、企業で働く障害者数も近年増加の一途を辿っています。
令和4年において、雇用障害者数は61万3,958人。実雇用率は2.25%になりました。

障害者雇用促進法(厚生労働省)
令和4年 障害者雇用状況の集計結果(厚生労働省)

 

障害を開示して『生きる』


私も企業への就労を希望する障害者の1人でした。30代で失聴した後に身体障害者手帳を初めて申請、取得し、手帳保持者を対象とする障害者雇用枠を利用して、金融系企業やブライダル関連企業で就労しました。

◇障害者雇用枠…障害者手帳を持っている障害者を対象として、一般雇用とは異なる採用基準により企業や公的機関などに就職することができる雇用枠のこと。

一般雇用の場合は、企業が定める条件を満たしていれば誰でも応募可能です。一方で障害者雇用の場合、障害者手帳が必要になります。また、障害者雇用枠で採用されると、それぞれの障害特性に配慮された環境で働くことができます。

もちろん障害者雇用枠で応募しても、実務能力やチームで業務を遂行するためのコミュニュケーション能力などを確認され、企業が求める基準を満たした人のみが採用されます。

こうして失聴後に聴覚障害者であることをオープンにした状態で一般企業に勤めることになったのですが、働く上で実に多くの『情報伝達』や『コミュニュケーション』の困難に遭遇することになりました。

 

物事を適切に判断するには『情報の入手』が必須


1社目では経理を担当し、2社目では営業補佐を担当しました。どちらも事務職だったのですが、日々の業務を遂行するにあたり、詳細な情報の入手が必要不可欠です。
全く聞こえない状態であることは伝えていたので、指示や業務連絡の伝達は口頭ではなく、文字で伝えていただく予定でした。当時、障害者雇用促進法の改正が既に行われ、雇用されている障害者への合理的配慮の提供義務が法律によって規定されていました。

しかし、合理的配慮の必要性について、まだまだ社会に浸透していなかった状況もあり、業務上の指示や情報の伝達は、ほぼ口頭でのみ行われるのが現実でした。
話し手の口を読み取る技術(読話)は習得していましたが、ゆっくりはっきり読み取りやすいように話してくれる人はほぼいません。PC画面を見ながらの指示や、横や後ろから早口で指示されることも日常茶飯事でした。情報を受け取り損なったり、誤認識が起こると業務に支障をきたし、結果、お客さまや同僚に迷惑をかけてしまいます。

相手の話を読み取れない場合には何度も繰り返してもらったり、どうしても読みとれない場合にはお願いして筆談してもらったりするのですが、面倒な顔をされたり、これ見よがしにため息をつかれたりすることがよくありました。今は一般的になりつつある、音声を文字化するツールもまだ普及しておらず、当時は情報の入手に非常に苦労した記憶があります。

また、私自身、障害者として企業に採用されたのが初めての経験だったので、今のように法律の知識もなく、交渉し問題を解決する知見やスキルも不足していました。
必要な情報が入手できない。そして、周囲の人も聴覚障害を理解できない。今思い返しても、これは本当にストレスでした。毎日、業務遂行の疲れだけではなく、こうした心理的なストレスをいかに軽減し、翌日以降に持ち越さないようにするか、それが私の毎日の課題でした。

 

障害のある社員への合理的配慮は 『コスト』でしかない?


当時は、業務遂行に必要な情報が入手できず、結果、業務に支障をきたすこともよく起こりました。障害者も従業員の一人です。雇用されている企業に成果を求められる点では一般就労者と同様です。従業員が業務に支障をきたすことは企業にとっても損失であるはずですが、残念ながら、当時は障害者に対し、上司や同僚が合理的配慮を提供する手間や時間それこそが企業の損失であり、コストであるという考え方が一般的でした。

今は、障害者雇用促進法の意義が多くの企業内部で浸透しつつあり、障害者が働く環境も徐々に改善されつつありますが、未だに多くの企業は障害者も戦力であるという認識は持てていないように思います。企業で働くことに困難を感じる障害者は多く存在します。現在、講師の仕事で全国各地に講演に赴きますが、そうした講演会場では働く障害者から切実な相談が多数寄せられます。

まず企業側が、障害者も従業員の一員であることをしっかりと理解し、社員全体にDEIの啓発を行うことが障害者を取り巻く職場環境改善の第一歩であると考えます。
また、部署内の情報が透明化され、誰もが情報にアクセスしやすい環境整備を行うことも重要です。業務遂行に必要な情報が可視化されている部署では、おそらく風通しも良く、報連相の遅滞や情報伝達の齟齬も起こりにくく、聴覚障害者だけでなく、すべての社員が働きやすい環境と言えるのではないでしょうか。

◇DEI…Dはダイバーシティ(多様性)、Eはイクイティ(公平)、Iはインクルージョン(包容、受容)の頭文字をとったもの。

 

 

前編はここまでです。

後編では
・コミュニケーションは人が生きていく上での礎
・ICTの進歩で障害者は働きやすくなった
・『配慮』という口実の『合理的排除』
・聴覚障害者が『一方的に誤解する』ので困る?
・さいごに

をお伝えします。

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